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June 20, 2007

レーシングドライバーは命をかけている?

先日、たまたまテレビを見ていると " F1 の車体がいかに安全か " を検証・紹介する番組のコーナーがありました。
番組は、たしか新報道プレミアAだったと思う。
おそらく、カナダGP で Robert Kubica(BMW Sauber F1 Team)が大クラッシュを喫したにもかかわらず、" 軽い脳しんとうと右足首捻挫という軽傷を負っただけだった " ということが影響して、番組で特集したのではないでしょうか。
特集を簡単に説明すると " F1の車体の安全性を紹介して、その技術が市販車や製品にも活かされている " ということですので、それほど珍しい内容ではないと思います。
で、そのコーナーの冒頭で解説の片山右京氏が『ドライバー(レーシングドライバー)は、決して命をかけていない』と言っていました。
実は、この発言の内容がずっと気になっていたことなんですよね。

タイトルにあるように " レーシングドライバーは命をかけているのか " ということが、個人的にずっと気になっていました。
そんなことは『別にアンタが気にすることではない。』と言われればそれまでですが、このような話題をテレビや雑誌で目にする度に何か違和感があったんですよね。
モータースポーツですのでアクシデントがあれば、結果的に重傷を負ったり命を失うことがあってもおかしくありません。
でも、それと『命を失ってもいい』というのでは意味は違いますよね。
もちろん片山右京氏が発言したからといって、すべてのレーシングドライバー(レーシングライダー)がそうであるとは思っていません。
命をかけているというレーシングドライバーもいるでしょうし、そういう人を非難するつもりはありません。
もちろん、私はプロのレーシングドライバーでもレーシングライダーでもありません。
レースを続ける根性も資金もなく、草レースをちょっとだけかじった軟弱者なので、『レースで命をかけていない』と感じただけなのかと思っていました。
ただ、『命をかけていない』と発言したプロのレーシングドライバーがいたことに、ちょっと安心したんですよね。

かなり前ですが、レースを題材にした本と映画をつくった芸能人がいました。
そのドキュメント番組でその芸能人は、ストップウォッチの操作ミスか何かで、ラップタイムを計り損ねた後輩の女性芸能人に対して、「ライダーが命をかけて走っているのに、そんなミスをするような中途半端な気持ちなら帰れ。」みたいなことを言っていました。
当然ミスはいけないだろうし、ラップタイプも真剣に計らなければいけないのはわかります。
でも、『ライダーが命をかけて...』というのはちょっと違うのではないかと思ってしまいました。
ライダー本人が言うのであればまだわかりますけど、チーム監督とはいえ実際に走っていない人間が言うのはどうかと.....
まぁ、もともと熱くなるタイプの芸能人ですから仕方がないかも知れませんね。

レースをあきらめた私ですが、あるときはレーシングチームのサービスクルーやレースオフィシャル、またあるときはサーキットまでの単なる運転手などと、レースには携わっていましたので色々なドライバーやライダーに『命をかけていますか?』という質問をする機会はありましたが、やはり聞けませんでした。
実際に聞きたくなったことはあるのですが、このような質問をすること自体が失礼かなと感じていました。
そういったモヤモヤがあったので、片山右京氏の発言にほっとしたというのが正直な感想です。

日本語は難しいので誤解のないように書いておきますが、片山右京氏の『ドライバー(レーシングドライバー)は、決して命をかけていない』という発言と、『命懸けで戦う』などというのでは微妙にニュアンスが違うと思います。
『命懸け』というのは『決死の覚悟で』という意味だろうし、命を失ってもいいというのではないと思います。
片山氏も『命懸けでレースをするが、命を失ってもいいと思ってレースをしていない。』ということを言いたかったのではないでしょうか。

う〜ん、日本語はむつかしい。

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